ある年齢を過ぎると、ふとした瞬間に「もし、あのとき別の道を選んでいたら」と考えることが増える。
若い頃は、そんなことを考える暇もなく、ただ前に進むことだけで精一杯だった。浜田省吾の「遠くへ –1973年・春・20才–」を聴くと、決まって思い出す。
何者でもなかった20歳の頃の自分。
どこへ行きたいのかも分からないのに、ただ「ここではないどこか」へ行きたいと、理由もなく願っていた、あの頃の気持ちを。この曲は、派手なメッセージソングではない。
でも、不思議なほど人生の奥のほうに静かに沈んでくる。
それはきっと、この歌が「青春の失敗」と「取り戻せない時間」を、あまりにも正直に描いているからだ。『J.BOY』という時代と社会を鋭くえぐるアルバムの中で、「遠くへ」は、ひとりの青年の心の記録として、今も変わらず静かに鳴り続けている。
「1973年・春・20才」という具体性が持つ意味
このタイトルの強さは異常です。
ここまで日時と年齢を限定した曲は、浜田省吾の中でもかなり特異。
1973年。
日本は高度経済成長の余韻の中にあり、学生運動はすでにピークを過ぎ、しかし“何かが終わってしまった後の空気”だけが街に残っていた時代。
理想は色あせ、
怒りは行き場を失い、
それでも若者は「どこかへ行きたい」と思っていた。
この曲は、まさにその“宙ぶらりんの時代”に20歳だった一人の青年の心のスナップショットなんです。
A
「赤いヘルメットの奥の瞳には」が象徴するもの
このフレーズは、ただの恋人の描写じゃない。
赤いヘルメットは、
当時の学生運動の象徴であり、
同時に「時代に何かを賭けようとした若さ」そのものでもある。
彼女は、
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革命の象徴であり
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恋人であり
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そして「主人公が追いつけなかった理想」でもある
つまりこの曲は、
恋の歌であると同時に、時代からこぼれ落ちていく若者の歌でもある。
主人公は「何に負けた」のか?
この曲には、はっきりした敗北の描写はない。
でも、行間から伝わってくるのは、
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何かを信じきれなかった後悔
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どこにも行けなかった自分への失望
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誰かと同じ場所に立てなかった孤独
つまりこれは、
**「夢に敗れた人間の、その後の静かな出発」**の物語なんです。
A
「遠くへ」とは逃避か、それとも再出発か?
ここがこの曲のいちばん深いところ。
「遠くへ行きたい」は、
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逃げたい、にも聞こえるし
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やり直したい、にも聞こえる
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何者かになりたい、にも聞こえる
たぶん全部正しい。
20歳の春というのは、
何かを始めるには遅すぎる気がして、
でも何も始めていないことに気づいてしまう年齢なんですよね。
だからこの「遠くへ」は、
希望と諦めの中間にある言葉なんです。
なぜこの曲は、年を取るほど沁みるのか
若い頃に聴くと、これは「旅立ちの歌」に聴こえる。
でも、年を取ってから聴くと、これは**「取り戻せない時間の歌」**に変わる。
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あのとき別の道を選んでいたら
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あのとき一歩踏み出していたら
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あのとき、遠くへ行っていたら
そういう**人生の“if”**を、静かに突きつけてくる。
だからこの曲は、
50代、60代になってからのほうが、ずっと重い。
A
『J.BOY』というアルバムの中での「遠くへ」の役割
『J.BOY』は、
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社会への怒り
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時代への違和感
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日本という国への距離感
そういう外向きのエネルギーに満ちたアルバムです。
その中で「遠くへ」は、
唯一、完全に内側だけを向いた曲と言っていい。
だからこそ、
このアルバムに「人間の体温」を残している。
この曲は「あなた自身の20歳」を思い出させる装置
この曲を聴くと、
誰もが自分の20歳を思い出す。
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何者でもなかった自分
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どこへ行きたいか分からなかった自分
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でも、どこかへ行ける気がしていた自分
「遠くへ」は、
過去の自分からの手紙みたいな曲なんです。
A
まとめ:人は結局、何度でも「遠くへ」行きたくなる
この曲が教えてくれるのは、たぶんこれです。
人生は、一度きりの旅じゃない。
人は何度でも「遠くへ」行きたくなる。
たとえ体は動かなくなっても、
心はいつでも、まだどこかへ行こうとしている。


