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あいみょん「ビーナスベルト」とは?歌詞の意味とタイトルに込められた想い

あいみょん


以前、北アルプスの稜線上での朝、日が昇る直前に、空と地平線の境界線でピンク色の帯を見たことがある。後で調べたらビーナスベルトと言うらしい。夕方、日が沈んだ瞬間にも見えるらしい。
ただ、空の色だけがゆっくりと変わっていく時間。

あの時間帯は、不思議だ。
気持ちが前にも後ろにも進めず、昔のことを思い出してしまう。
もう戻れないと分かっているのに、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなる。

あいみょんの「ビーナスベルト」は、そんな時間にそっと寄り添う曲だ。
恋が終わったあと。
何かを失ったあと。
それでも日常は何事もなかったように続いていく。

ビーナスベルトとは、昼と夜の境目に空に現れる淡い帯のこと。
この曲は、その曖昧な空の色を借りて、
言葉にできない感情を静かに描き出している。




A

ビーナスベルトとは?空に現れる“境目の色”

ビーナスベルトとは、日の出や日の入り前後に、
空の低い位置に現れる淡いピンク色の帯のことだ。

太陽はすでに地平線の下にある。
それなのに、空は完全な夜にはならない。
昼でも夜でもない、ほんの短い時間だけ現れる色。

この現象に名前がついていることを、
知らなくても生きていける。
けれど、一度知ってしまうと、
同じ空を見ても、少しだけ違って見える。

あいみょんは、その名前を
そのまま曲のタイトルに持ってきた。




歌詞に込められた意味|昼と夜のあいだに立つ心

ビーナスベルトという言葉が、
この曲で特別なのは理由がある。

夕焼けでも、朝焼けでもない。
どちらかに決めきれない時間。
それは、恋が終わった直後の心に、よく似ている。

もう戻れないことは分かっている。
それでも、完全に終わったとは思えない。
忘れたいわけでも、縋りたいわけでもない。

ただ、そこに残っている。

この曲の主人公は、
過去を美化しすぎることもしないし、
無理に前向きになろうともしない。

曖昧なまま、空を見ている。




A


なぜ「ビーナスベルト」という言葉が響くのか

ビーナスベルトは、
世界を二つに分ける線のようにも見える。

光と影。
始まりと終わり。
希望と諦め。

けれど、その線ははっきりしていない。
にじんでいて、ぼやけている。

あいみょんの描く恋も、同じだ。
白黒つけない。
正解を用意しない。

だからこの曲は、
失恋した直後よりも、
少し時間が経ってから、じわじわ効いてくる。



年代や経験によって変わる「ビーナスベルト」の受け取り方

同じ曲を聴いていても、
人は同じ場所を見ているわけではない。

あいみょんの「ビーナスベルト」も、
聴く人の年代や、その人が歩いてきた時間によって、
まったく違う景色を見せる曲だと思う。




A


若い頃に聴く「ビーナスベルト」

まだ恋の数が少ない頃、
この曲は「失恋の歌」として、比較的シンプルに響く。

別れた理由を考えたり、
あのとき何がいけなかったのかを振り返ったり。
感情ははっきりしていて、痛みも分かりやすい。

昼でも夜でもない空は、
「まだ終わっていない恋」の象徴として映る。




経験を重ねてから聴く「ビーナスベルト」

年を重ねると、
恋の終わりは必ずしも「失敗」ではなくなる。

事情があって離れたこと。
お互いに悪くなかったこと。
あの頃は、あれが精一杯だったこと。

そういう現実を知ってから聴くと、
この曲は、痛みよりも静かな納得に近い感情を呼び起こす。

ビーナスベルトは、
「未練」ではなく、
人生の途中にあるグラデーションのように見えてくる。




A


年代が上がるほど、この曲は優しくなる

若い頃は、
白か黒かを決めたくなる。

でも、人生が長くなるほど、
答えを出さない時間の価値が分かってくる。

昼でも夜でもない空が、
そのまま美しいように。

「ビーナスベルト」は、
何かを断ち切る歌ではない。
曖昧なまま生きてきた自分を、
そっと肯定する歌でもある。




まとめ

ビーナスベルトは、
昼でも夜でもない、ほんの短い時間にだけ現れる空の色だ。

あいみょんは、その曖昧な瞬間を、
恋の終わりや、人生の途中に重ねた。

若い頃に聴けば、
この曲は失恋の歌として胸に残る。
けれど、経験を重ねてから聴くと、
それは「仕方なかった選択」や
「そのときの精一杯」を静かに受け止める歌に変わっていく。

答えが出ないままの時間も、
決めきれなかった感情も、
間違いではなかったのかもしれない。

昼でも夜でもない空が、
ただ美しいように。

あいみょんの「ビーナスベルト」は、
聴くたびに受け取り方が変わる。
そしてその変化こそが、
この曲が長く愛される理由なのだと思う。