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浜田省吾「きっと明日」歌詞の意味を徹底解説|ラブソングか、それとも人生を支える応援歌か

旅と音楽

はじめに

浜田省吾の音楽は、人生の節目ごとに違う顔で寄り添ってくれる――そんな実感を持っている人も多いのではないでしょうか。
2015年4月にリリースされた17枚目のオリジナルアルバム『Journey of a Songwriter ~旅するソングライター』に収録された「きっと明日」も、まさにその一曲。

2025年9月、浜田省吾の公式YouTubeチャンネルに公開されたことで再び注目が集まり、SNSやファンの間でも「改めて心に響いた」「昔聴いた時と印象が違う」という声が見られます。

わたし自身、この曲が好きで、普段から車の中で聴いているのですが、この曲を聴き直し、あらためて胸を打たれました。
若い頃は恋愛の歌として聴いていたのに、今は人生や日常を支える応援歌のように響く。聴くタイミングや立場によって、これほど表情を変える曲はなかなかありません。

この記事では、「きっと明日」の歌詞に込められた意味を解説しながら、登山やブログ執筆というわたし自身の体験を交えて、この曲の魅力を掘り下げていきます。


『きっと明日』の基本情報

  • 発表:2015年4月29日

  • 収録アルバム:『Journey of a Songwriter ~旅するソングライター』

  • アルバムの位置づけ:17年ぶりとなるオリジナルアルバムで、キャリアの集大成的な意味を持つ作品

  • 曲の特徴:穏やかなメロディの中に、前を向かせる力強さが込められている

『Journey of a Songwriter』というアルバム全体が「人生」「旅」「未来」への眼差しをテーマにしており、その中で「きっと明日」は柔らかくも力のある光を放つ一曲です。


歌詞に込められた意味

ラブソングとしての「きっと明日」

恋人や大切な人と共に歩んでいけば、どんな困難な日々も越えていける。
「明日」への希望を、愛する人に託すメッセージとして受け止めることができます。

応援歌としての「きっと明日」

一方で、この歌は個人の孤独や不安に寄り添う応援歌でもあります。
「今日がうまくいかなくても、きっと明日は変わる」
そんな小さな希望をそっと与えてくれる。励ましすぎず、押しつけもせず、聴く人に自分自身を信じさせてくれるのが浜田省吾らしさです。


わたしの人生と「きっと明日」

人生の充実期:恋の歌として

2015年、10年前の50歳過ぎた頃、わたしはこの曲を完全にラブソングとして聴いていました。
ふと夜に車を走らせて聴いたとき、「明日は大丈夫だ」と信じられた瞬間を今でも鮮明に覚えています。

人生成熟期:応援歌として

50代後半、60代になると、解釈は変わりました。
深夜のオフィスを出て、疲れ果てた帰り道に聴くと、それは恋人ではなく“自分自身”に向けられた言葉のように響いたのです。
「きっと明日」というフレーズは、心が折れそうな自分をもう一度立ち上がらせてくれました。

山旅の中で響いた「きっと明日」

登山をしていると、山頂に届かない日があります。天候や体力、さまざまな要因で「今日はここまで」と引き返す決断をする。そんな時に思い出すのが「きっと明日」というフレーズです。
「今日は駄目でも、きっと明日はまた登れる」――山と人生の重なりを教えてくれる瞬間です。

ブログを書く今の僕にとって

今は机に向かい、ブログを書く日常の中でこの曲を思い出します。
言葉が出なくて手が止まるとき、「今日書けなくても、明日また書けばいい」と思わせてくれる。
ブログも登山と同じで、一歩ずつ積み重ねることでしか景色は見えません。この歌は、そんな日常の支えになっています。


まとめ|普遍性を持つ歌

「きっと明日」はラブソングであり、応援歌であり、人生そのものに寄り添う歌です。
恋人との思い出、社会人としての孤独、山旅の途中、ブログの机――わたしにとってさまざまな場面で響いてきました。

浜田省吾の音楽は、時代を超えて人の心に寄り添い続ける。
あなたにとって「きっと明日」は、どんな場面で響いていますか?